2020年7月1日水曜日

2019年度日本語教育能力検定試験 試験Ⅲ問題10の解説

問1 「談話能力」が欠如している例として適当なものを選ぶ問題

📖赤本(第4版)関連箇所:P320


問題文にある通り、カナル&スウェインは、実際のコミュニケーションでは文法能力以外の能力も必要だとし、文法能力に社会言語学的能力、ストラテジー能力、談話能力を加えた4つの能力が伝達能力であるとしました。


それぞれの能力については以下の通りです。

文法能力文法、語彙、音声、表記などの言語を形作る要素のことで、話や表現を正確に使用できる能力のこと。※単なる文法のことだけではないので要注意。
社会言語学的能力相手や状況によって言い方を変えるなど、社会習慣に基づいて言語を使用できる能力のこと。たとえば、日本語における敬語の運用など。
ストラテジー能力コミュニケーションを円滑に行うための能力のこと。たとえば、言葉を忘れたときの対処方法とか、自分が言いたいことが相手に伝わらないときでもコミュニケーションを終わらせないためにはどうすればいいかといったスキル。
談話能力会話を円滑に進めていくために必要な能力のこと。たとえば、会話の切り出しや間をつなぐときに使うフィラーなど。会話の終わらせ方も談話能力に含まれる。


1 これは目上の人に対する言葉使いに問題がある例なので、社会言語学的能力が欠如した例と言えます。

2 これも選択肢1同様、目上の人に対する社会言語的能力が欠如した例だと言えます。

3 敬語は使えているので社会言語的能力は問題ありませんが、イ形容詞の活用に難ありです(「面白いでした」)。よって、文法能力が欠如した例に当たります。

4 天気の話をした後、急に本題に入ると唐突感が否めません。本題に入る前に、「あのー、先生にお願いがあるんですけど」や「ところで、先生が以前、授業で紹介された論文なんですけど、もし可能であれば・・・・」のようなやり取りが自然なのではないでしょうか。このように会話を自然な流れで円滑に進めていく能力は談話能力になります。


したがって、正解は4になります。


☞超重要絶対暗記 《カナル&スウェインによる伝達能力の4領域》カナル&スウェインは、伝達能力は文法能力、社会言語学的能力、ストラテジー能力、談話能力から成っているとした。
⦿文法能力:文法、語彙、音声、表記など。
⦿社会言語学的能力:相手や時と状況によって言い方を変えるなど、社会習慣に基づいて言語を使用できる能力。
⦿ストラテジー能力:たとえば、言葉を忘れたときにどうやって対処するとか、自分が言いたいことが相手に伝わらないときでもコミュニケーションを終わらせないためにどうすればいいかといった、コミュニケーションを円滑に行うために必要な能力。
⦿談話能力:会話の切り出し方や会話の終わらせ方、間のつなぎ方といった会話を円滑に進めていくために必要な能力。





問2 「談話標識」の例として適当なものを選ぶ問題

📖赤本(第4版)関連箇所:P144


談話標識(ディスコース・マーカー)とは、問題文に「談話標識などを身につけると会話の流れがよくなる」とある通り、「会話の流れをコントロールし、会話を円滑に進行させるための表現」であり、具体的には、反論や対立を予告する「でも」や「だけど」、会話の中断を回避する「ええと」や「まあ」、話題を転換する「ところで」などがあります。

「標識」というように、談話標識には次にどのような内容の会話が来るのか示唆する役割があります。


選択肢で言うと、選択肢2の「では」がそれにあたります。「では」を使うことで、話相手には、話をまとめようとしている、終わらせようとしていることが伝わります。

それ以外の選択肢には、話の展開を示唆するような談話標識は使われていません。


したがって、正解は2になります。


☞超重要絶対暗記 《談話標識(ディスコース・マーカー》
⦿談話標識(ディスコース・マーカー):会話の流れをコントロールし、会話を円滑に進行させるために相手に送る合図。たとえば、発話の意思表示や呼びかけを示す「すみません」や「あのー」、反論や対立を予告する「でも」や「だけど」、「へえ」や「ふーん」などの相槌やフィラーも含まれる。




問3 「スクリプトを考慮したモデル会話」として適当なものを選ぶ問題

📖赤本(第4版)関連箇所:P131


スクリプトとは、具体的な場面における、時系列に沿った、連続した知識構造のことを言います。たとえば、美容院に髪を切りに行く場合のスクリプトは以下のような感じになると思います。

・電話やインターネットで予約を入れる
・予約した日時に美容院に行く
・受付で予約した旨を伝える
・待合室で待つ
・名前が呼ばれる
・席に案内される
・美容師が来て挨拶をする
・どういう髪型にしたいのか美容師に伝える
・カットケープを着る
・シャンプー台に案内される
・背もたれが後ろに倒れる、など


したがって、正解は4になります。


☞超重要絶対暗記 《知識構造:フレーム、スクリプト、スキーマ》
⦿フレーム:ある概念を理解するのに前提となるような知識構造のこと。たとえば、日本語ではもはや死語になりつつある「花金(花の金曜日)」、英語では「TGIF(thank God it’s Friday)」は、土日が休みだから思う存分楽しめるという意味であり、「花金」「TGIF」という概念の理解には「土日が休み」という背景的知識が不可欠になる。このように「花金」「TGIF」には直接は表わされていないが、これらの表現を理解する上で必要不可欠な背景的知識をフレームという。
⦿スクリプト:具体的な場面における、時系列に沿った、連続した知識構造のこと。シナリオ、シーンともいう。具体例は上記の美容院スクリプトを参照のこと。
⦿スキーマ:個々の具体的な細かい特徴を捨て去った抽象的な知識構造のこと。たとえば、「顔」スキーマであれば、「目」「口」「鼻」「耳」など。




問4 「モデル会話を使った会話活動」に関して、トップダウン的な会話活動の例として適当なものを選ぶ問題

📖赤本(第4版)関連箇所:P274,275、P224、P225


言語処理の主な方法には、トップダウン処理ボトムアップ処理があります。


(赤本274から抜粋)
トップダウン処理では、理解対象の周辺的な情報(文章のタイトルや挿絵、会話の相手の表情や場の状況など)から、予測や推測を行い、次の理解過程でその仮説検証を行い、それが正しかったかどうかの照合(マッチング)を行う。対して、ボトムアップ処理では、理解対象の中に含まれる部分的な情報(文字、音声、語句、文など)から理解を深め、その理解を積み重ねて情報全体を理解しようとする。

つまり分かりやすく具体的に言うと、読解の授業の場合、文章の中に出てくる単語や文型を理解してから読むのがボトムアップ。読む前に文章のテーマに関する情報を与え、内容を推測しながら読むのがトップダウンです。


したがって、正解は3になります。


なお、トップダウン処理とボトムアップ処理の両者を相互に交流させるハイブリットな言語処理方法を相互交流モデル(補償モデル)と言いますので、併せて覚えておきましょう。


☞超重要絶対暗記 《言語処理(トップダウン処理とボトムアップ処理)》
⦿トップダウン処理:理解対象の周辺的な情報(文章のタイトルや挿絵、会話の相手の表情や場の状況など)から、予測や推測を行いながら理解していく方法。
⦿ボトムアップ処理:理解対象の中に含まれる部分的な情報(文字、音声、語句、文など)から理解を深め、その理解を積み重ねて情報全体を理解していく方法。
⦿相互交流モデル:トップダウン処理とボトムアップ処理を相互に交流させることによって理解していく方法。




問5 「語用論的転移」の例として適当なものを選ぶ問題

📖赤本(第4版)関連箇所:〚語用論的転移〛P140、P281、〚過剰般化〛P281、〚コミュニケーション・ストラテジー〛P321


語用論的転移(プラグマティック・トランスファー)とは、学習者が自国の社会文化的規範を第二言語に適用することが原因で起こる、文法的に誤りではないが不適切な表現のことを言います。

たとえば、相手にコーヒーを勧める場合、英語ではWould you like some coffee?です。これを日本語に直訳すれば「コーヒー飲みたいですか?」「コーヒー欲しいですか?」となりますが、日本語においてこのような聞き方は自然ではありません。日本語では「コーヒーいかがですか?」「コーヒーどうですか?」「コーヒー飲みますか?」が自然な聞き方と言えるでしょう。

このように、母語の言い方に影響を受けた、文法的には間違っていないが不適切な表現が語用論的転移(プラグマティック・トランスファー)になります。


1 日本語のある規則を、適用すべきではない別のものにまで適用してしまうのは、過剰般化(過剰一般化)であり、語用論的転移ではありません。過剰般化については赤本P281で確認しておきましょう。

2 苦手な語や文法を避け、同様の意味を持つ別の言い方で表現するのは、コミュニケーション・ストラテジーにおける言い換えであり、語用論的転移ではありません。コミュニケーション・ストラテジーについては赤本P321で確認しておきましょう。

3 英語では、人に何かを勧める時wantを使って表現しますが、日本語で「欲しいですか」と聞くのは一般的ではありません。日本語では「要りますか」「いかがですか」という聞き方になると思います。したがって、選択肢3は、英語などの影響を受けた、文法的には間違っていないが適切ではない日本語、つまり語用論的転移の例と言えます。

4 これは過剰般化か、もしくは尊敬語の意味がちゃんと理解できていないだけでしょう。


したがって、正解は3になります。


☞超重要絶対暗記 《語用論的転移(プラグマティック・トランスファー)》
⦿語用論的転移(プラグマティック・トランスファー):母語の言い方に影響を受けた、文法的には間違っていないが不適切な表現


☞超重要絶対暗記 《過剰般化(過剰一般化)》
⦿過剰般化(過剰一般化):第二言語のある規則を、適用すべきではない別のものにまで適用してしまうこと。


☞超重要絶対暗記 《コミュニケーション・ストラテジー》
⦿コミュニケーション・ストラテジー:タローンによると「話し手と聞き手の間で意味が共有されていないときに、その両者が意味にたどり着こうとするお互いの努力」。

タローンによるコミュニケーション・ストラテジーの分類
⦿回避:語彙力不足により表現できないものを表現しないこと。複雑な文法構造を使わずに、簡単な別の構造を使って表現すること。
⦿言い換え:ある語を似通った別の語で表現すること。適切な語を使わず、別の言い方で表現すること。
⦿母語使用あるいは意識的な転移:母語または他の言語による翻訳に依存すること。
⦿援助要求:学習者が母語話者に助けを求めたり、辞書を使ったりすること。
⦿ジェスチャー:身振り、手振りに頼ること。


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